[mixi] 感動と便利はトレードオフ?

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この記事は 2008年9月7日 に書かれたものです

パケホーダイを解約し、ケータイをほとんど使わなくなって1週間。ちょっとした変化があったのでメモ。
関連:ご褒美とサービス整理
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=919199836&owner_id=8641

📝 無意識のうちにmixiのログイン画面を開こうとしている自分に気がついて、あわてて通話終了ボタン連打w ここ数日は落ち着いた模様。中毒患者かとw

📝 朝起きると寝ころびながらニュースを見たり、動画を見るのをやめたら、朝の時間がのんびりゆるやかになりました。

📝 通勤中など、歩きながらケータイを見るくせがあったのですが(人混みでもスルリとよけるアビリティが身についていますw)、回りの景色を見るようになりました。言葉にしずらいのですが「空間」を肌で感じるようになりました。歩くことが楽しいです。

📝 あまり長時間乗らない電車の中では、ぼんやりと考えごとをしたり、頭の中を整理するようになりました。以前はよくしてたんです。色々今日一日起こること(起こったこと)や、これからのことを考える時間をケータイに取られてしまっていたのだと気がつきました。

📝 帰ってからmixiやメールを見るのが楽しみになりました。どこでも見れるとついついチェックできてしまう便利さは、こういう楽しいという気持ちを無くしてしまったんだと気がつきました。

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長いことパケホーダイ使っていると、いつのまにやら忘れてしまった感情が多いんだなぁと思います。特に一番最後はサービスを作る人にとってはすごく大切なことなのかも。

帰りの電車の中で、きのう書いた日記やメールを見てくれているかな?、コメントつけてくれているのかな、返信はあるのかなと想いながら家のドアをあけ、パソコンをチェックするワクワク感、楽しみを、いつでもどこでも見ることが出来るという「便利」がうすめてしまったのかもしれないですね。

便利になるのが悪いことではなく、そういう気持ちを忘れてしまうのがもったいないというお話。

あ、そうそう、思ったのですが、
自分はどっちかというとケータイは情報収集に使っていたのだけど、最近の10代くらいの人はコミュニケーションが主な使い方をする人が増えてるんですよね。メールでの会話が中心みたいな。

いつでもつながっているのが当たり前の世の中になることで、こういう気持ちを感じる機会が薄くなってしまったり、自分だけの世界を確立できにくくなるのではと思います。

文字だけの会話だとコミュニケーション能力が下がるなんてのは色んな人が言ってるとは思うのだけど、ワクワク感が日常から薄らいでいるかも・・・という考えも大切かもしれないですね。

まぁ端的に言えば、
 「いつでも、いつまでもつながっていられるなんて勘違いするなよ、バカヤロー」
なのかな(笑)

なんか面白いサービスできそうだなぁ。もうちょっと深く考えてみるんだぜ、コノヤローw(イノキ口調で)

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