29歳になりました。10月5日の話ですがw
今日集まりがあったついでに、NPOのメンバーからプレゼントもらいましたよ(写真参照)。
ありがとう、ありがとう。ネタをありがとう(笑)
先日、ラジカセを粗大ゴミに出しました。
高校生の頃から使っていたやつで、部活の練習に持って行ったり、実際に舞台で使ったMDの編集に使ったり、思い出がたっぷりしみこんでいた分、手放すのをかなり躊躇しました。
今の家に引っ越す時にはすでに壊れていて、修理に出そうかと思ってとっておいたのですが、一生使うことは無理だろうと、すでにこの子は十分に役目を果たしてくれたと思い、意を決したわけです。
歳を重ねる度に、思い出が増えていくのを感じます。
形として残せない分、それを何か形ある物に置き換えて、それを思い出と同じように大切に扱いたいと思ってしまうんですね。粗末にするのは、思い出も粗末にしているように感じるのですよ。
※なんとなくネットとかデジタルな物だけでは満足できない、物を買っちゃう行為に走る現代人に似てるなぁ。
これが人としての感情なのか、男の感傷なのかはさて置き、冷静に考えるとあんまり意味無い感情なんですよね。物は思い出の一端を担ってくれたかもしれないけど、物は思い出ではない。思い出はなくならない。だから物の方を大切にしすぎるのは本末転倒。
わかってるんだけどね。
やはり物に思い出をかぶせてしまう。そうやって、取り戻せない自分が重ねた時間を感じていたいと心が求めているのがわかるわけです。少しずつ自分の中で整理がついた物から奥にしまったり、もう一度別れを経験する。机の引き出しや押し入れ、アルバムは自分自身なのかもしれないですね。つくずく人って、思い出で生きてるんだなと思います。
これから先もそんな人らしい人でありたいと思う。
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